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日本の国益


by Jam
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「俺たちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人が何をいうか」



...1945年8月14日未明
旧 大阪陸軍造兵廠は米軍の猛爆によって壊滅した。
大阪の町も焼け野原と化した。

https://www.youtube.com/watch?v=uk-NJZJfKWk
↑ ※注目 34:43~35:45




戦後、朝鮮人がやっていたこと より。


その日のうちに神戸は修羅場と変貌した。

敗戦の報に茫然自失する市民とは対照的に、
これまで過酷な労働で軍部から抑圧されてきた第三国人たちは
欣喜雀躍(きんきじゃくやく)とし、略奪、報復の火蓋をきったのである。



その日の午後七時。
徒党を組んだ三国人は国鉄深川駅構内の貨車を襲って配給物資を強奪。

これを皮切りに市内随所で襲撃略奪事件を起こし、婦女子を暴行し、
わがもの顔に跳梁(ちょうりょう)しはじめた。




終戦当時、国内には二百万以上の三国人がいたが、とくに兵庫に多く、
昭和一八年に一三万五千人、四八都道府県の七%強を占め、
大阪、東京につぐ三位という勢力をもっていた。


略)



三国人たちは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を組んでは
瓦礫と焦土の神戸の街をのし歩いた。


通りすがりの通行人の目つきが気に食わないといっては難くせをつけ半殺しにし、 無銭飲食をし、白昼の路上で見境なく集団で婦女子を暴行する。


善良な市民は恐怖のドン底に叩き込まれた。



彼ら不良三国人は旧日本軍の飛行服を好んで身につけていた。
袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首にまきつけ、肩で風を切って町をのし歩いた。



腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を引っさげ、略奪、暴行をほしいままにした。


警官が駆けつけてきても手も足も出ない。

「俺たちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人が何をいうか」


昭和二〇年八月末、わたしは所用の帰途、女の悲鳴をきいた。






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by koubou-ohayou | 2014-11-18 16:15 | 戦後在日朝鮮人の悪行