日本の国益


by Jam
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カテゴリ:古事記( 1 )



SUSANOO -スサノオ-(古事記/ヤマタノオロチ退治より)






それは天と地の境がまだ曖昧であった古(いにしえ)。

海原に漂うかのごとく三つの世界があった。

一つは神々の住まう高天原(たかまがはら)、

一つは死者の住む黄泉(よみ)、

その二つの世界の中間に位置する場所に
葦原の中つ國(あしはら-の-なかつくに)。

神は三人の子を授かった。

そして神はこの三人の子らにそれぞれの使命を与えた。

天照大神(あまてらす-おおみかみ)には高天原(たかまがはら)を、

月読命(つくよみ)には夜の世界を、

素盞嗚尊(すさのを)には海原を治めよと。

しかし末弟の素盞嗚尊(すさのを)は使命を果たそうとしなかった。
若さ故か、母を失った悲しみか
荒ぶる心に歯止めは利かず、
天照大神(あまてらす)の怒りをかった素盞嗚尊(すさのを)は
ついに高天原(たかまがはら)を追放され、
葦原の中つ國(あしはら-の-なかつくに)へと落とされた。

それは天が切る流星に見えたことだろう。
しかし、よもやその流星が悲しみを背負う者だとは誰が気付こうか。

彼の喉は砂漠の砂ほど渇ききってはいなかったが
蛇の鱗ほど潤ってもいなかった。

すると川向こうの森より、太鼓の音が聞こえてきた。
その炎は怒りと憎しみを得て妖しく光り、その踊りは狂気に満ちていた。

「なぜ泣いているのだ」「この祭りはなんだ」

その夜、人々集いて訳を話す。

「私は大山津見神(オオヤマツミ)の子、足名椎命(アシナヅチ)
我が妻は手名椎命(テナヅチ)といいます。
これにあるは、我が娘 櫛名田比売(くしなだひめ)、たった一人の娘でございます」

その姿に一目心を奪われた。

「私達には八人の娘がおりました。皆それは可愛く
まさしく私ども夫婦の生き甲斐。娘達の成長と自らの老いの狭間に
私達は大きな幸せを見ていたのです。しかし、ある時恐ろしい魔獣が川を上って
やってきたのです。たちまちに私どもの土地はその魔獣にのまれてしまいました。

あの目、その時に私ははじめて魔獣の目を見ました。
憎悪に満ちた恐ろしい目。
私は、息をする間も与えられず娘を連れ去られてしまった。
そして娘を毎年一人ずつ殺しに来るのです。ひとり、またひとり・・。
残るのは、この櫛名田比売(くしなだひめ)ひとり。」


「その魔獣はどのような者だ」

「はい、その魔獣は邪心八岐大蛇(ヤマタノオロチ)。
八つの頭と八本の尾を持つ大蛇にございます。目はホオズキのように赤く、
背中には苔や木が生え、その大きさたるや八つの谷、八つの峰にまたがる
恐ろしい怪物。いかなる屈強の戦人(いくさびと)も、その魔力には歯が立ち
ませなんだ。気付いてみれば屍(しかばね)の山。
戦人は一人もいなくなってしまいました。我々はあまりにも無駄に兵力を費やした。
そしていつしか、私達は恐れのあまり年端も行かぬ子等を
大蛇(オロチ)に差し出す事を始めたのです。」

「おお、なんと言う事を・・」

素盞嗚尊「その魔像はもう必要あるまい。私が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を
打ち倒そう」

「おやめなされ、未だ生きて戻った者は一人としておりませなんだ」

素盞嗚尊「翁よ(おきな-よ)、泣くな!戦わねば試練に打ち勝つ事は出来まい」

「あなた様は一体どなたなのですか」

素盞嗚尊「我の名は、素盞嗚尊(すさのを)」

「おおおおお!なんと!
あなた様は天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟君(おとうとぎみ)」

素盞嗚尊「必ずや討ち取ってみせよう。だがその為には皆の助けが必要だ。
力を貸してくれるな」

「ああ、しかしどのようにして・・」


まずは強大な八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の力を奪う事だった。
そこで七回絞った強い酒、八塩折之酒(やしおりのさけ)が作られた。
ひとたび口にすれば炎に包まれるほどのこの酒は、魔獣の魔力を奪い
同時に己の邪念をも浄化した。それは視界に収まらないほどの大瓶に
満たされ、大瓶は全部で八つ用意された。
皆で力を合わせ大瓶の前に同じく八つの門が建てられた。


「大蛇(オロチ)だ!」 「大蛇(オロチ)だわ!」

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の来襲を見た素盞嗚尊(すさのを)は里山に戻り
櫛名田比売(くしなだひめ)に術をかけた。

術により、姫は小さな櫛(くし)となった。

素盞嗚尊「こうして髪に挿しておけば大蛇(オロチ)に気付かれまい」

そして再び走った。

姫「素盞嗚尊(すさのを)様、なぜそんなに親身になって下さるのですか?」

素盞嗚尊「私はかつて与えられた天命を果たすことなく放棄した。
しかし、運命とはまた自らが選ばなければいけないという事を知ったのです」


八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は門をくぐると、目の前にあった大瓶のなかの酒を
ごくり、ごくりと音をたてて飲み始めた。
やがて、大蛇の体に酔いが行き届いた頃、素盞嗚尊(すさのを)が口を開いた。

素盞嗚尊「我の合図で門を閉じよ」

「ああ、素盞嗚尊(すさのを)さまっ」

素盞嗚尊(すさのを)が合図をする。

「それ、いけー!!!」

素盞嗚尊「はあ、はあ、はあ・・こたえよ魔獣、お前は何者だ!」

「余(よ)は憎しみ、怒り、悲しみ、あまた最悪の頂点に座する者なり」

素盞嗚尊「なにゆえに人を襲うか」

「憎悪に包まれた者は操りやすい。余はそれらを操り、
中つ國(なかつくに)を我が最悪の王国とするのだ」

素盞嗚尊「去るがいい、邪心ヤマタノオロチ。ここはお前のいる場所ではない」

「余の肉体は朽ち果てようとも抹殺する事叶わず。
何故なら余はお前達と一体。おまえたちそのものなのだ。」

素盞嗚尊「ならば我らはまたお前と戦おう。
千年の後も、未来永劫(みらいえいごう)、はーっ!!!」

オロチはバラバラにされたが、その体内より一本の剣が現れた。
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、のちに「くさなぎのつるぎ」と呼ばれる
様になる。*草那芸之大刀(くさなぎのたち)

素盞嗚尊(すさのを)は、この剣をひと目見て普通の剣ではないと思い
これを天照(あまてらす)大神に献上した。

天照(あまてらす)の怒りは去った。
空はいま迄になく輝き、その輝きは新しい時代の夜明けを告げていた。
天照(あまてらす)のもとで、素盞嗚尊(すさのを)と櫛名田比売(くしなだひめ)は
結ばれた。

こうして素盞嗚尊(すさのを)はこの大地を司る事になった。
のちに出雲の国は須賀の地に宮殿を建てる折、素盞嗚尊(すさのを)はこんな詩を詠んでいる。

「夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁」

八雲立つ (やくも-たつ)出雲八重垣(いずもやえがき) 妻籠に(つまごみ-に) 八重垣作る(やえがき-つくる) その八重垣を(その-やえがき-を)

これは歴史上初めての和歌である。

愛する妻を守って行く決意か、それともこの白雲たつ美しい地を
再び姿を現すであろう八岐大蛇(ヤマタノオロチ)から八十の防壁にて備えようと警鐘を鳴らしたか・・その真意は、いまとなっては誰にもわからない。

その後、彼の子孫は繁栄し、様々な冒険をするのだが
それはまた、別の夕べに語るとしよう。

ひとまず今宵は、おやすみなされ。









↓以下、作品詳細特設ページより転載
http://artmic8neo.jougennotuki.com/susanoo.html

今回のこの作品『SUSANOO -スサノオ-』は、ご存知古事記が出典だが、作品として製作するにあたり、いくつかの変更点等を行っています。

これは、いわゆる神学や歴史学などの見地で作った動画ではなく、エンターテイメントとして語り継ぎたかったもの。

勿論、神学や歴史学を継承、そして志す方達にとって、神話とは特別な意味を持つ事でしょう。

しかしまた、自分のように無知な人間にとっても、やはり神話とは抱くべき宝物なのです。そして、それらは学問と同じように語り継がれるべきであり、何よりも『親しまれるべき』であると思っています。ギリシャ神話のように、聖書創世記のように、仏陀の物語のように、宗教の垣根を超え親しまれるはず。

この日本古来の物語に興味を持つきっかけになればと思います。
そう言う思いで、一つのファンタジーとして作りました。

大きな変更点としては、まず冒頭の川のくだりがあります。
川の上流より『箸(はし)』が流れて来たので、この先には人がいるに違いない、と思って進むと、そこに翁と媼が泣いていた。それを見てスサノオは、何故泣いているのだ?と尋ねた。

これが本当の流れです。

これは箸というものが、日本の文化の特徴に言及する非常に意味合いが隠されている部分と思うのですが、絵の質的に再現が困難であった事が一番の要因で大きく変更を行いました。自分としては申し訳ないと思いつつ。

それからスサノオの高天原たかまがはら)追放、これもアマテラスの怒りによってと変更(厳密にはアマテラスは怒ったと言うより怯えたのですね)。これは、物語全体を、アマテラスの『天の岩戸(あまのいわと)』伝承と同時進行の時間経過で描こうとの考えからです。『天の岩戸(あまのいわと)』伝承、即ち日食であったのではないかとの説が多いようです。

それから古事記では『クシナダヒメ』となっていますが、これは日本書紀の『クシイナダヒメ』を採用しました。

スサノオのヤマタノオロチ退治の解釈には諸説あります。
多々良、いわゆる産鉄民(鉄を作る人たち)を平定したことを表現したものだとも言われています。ヤマタノオロチの腹部には常時赤い血が流れているのですが、これは鉄サビの赤だと言う説も。退治の暁に、オロチの体内から現れる剣。スサノオの剣は折れ、かわりに出てくるこの剣が、産鉄民を平定してより強靭な鉄を手に入れた歴史表現であると。


(中略)


それから僕個人の創作もいくつか盛り込んであります。

例えばクシイナダヒメがスサノオに『なぜそんなに親身になって下さるのですか?』と尋ねるシーンは、本作品の核心にしたいと思い、また自分自身では一番好きなシーンでもあります。

英雄的に語られる事の多いスサノオですが、本作品では
『かつて私は与えられた天命を果たす事なく放棄した。しかし運命とは自らが選ばなければいけないということに気付いたのです』
と答えるように、スサノオ自身の心の変化、成長をする物語として語りたいと思いました。

高天原(たかまがはら)にいた頃のスサノオは暴風雨を象徴する神だったとする説もあるようです。この作品の完成を前に、空き時間でネットサーフィンをしたら、スサノオを日本における『堕天使ルシファー』と捉える方もいて、大変面白かった。

色々な説、どれも興味深く面白いですが、一つだけ確実な事があります。

それは、幼い男の子とは母親を強く求めるものですし、成長期には張り裂けんばかりのフラストレーションがあります(笑)。男の子は成長とともに思慮深くなるもの。

運命とは単に天から与えられるプレゼントではなく、自分で選び続けなければいけないことに気付いていくものだと思います。

勿論、自然現象を象徴しての意味合いが濃いとは思いますが、しかし人格をもつ者として、とても見近くも感じます。必ずしも優等生でなかったスサノオって、なんか面白いなと。

他にも変更点や創作部分が多々あります。
ですからこの作品を、(学術的な)古事記のヤマタノオロチ退治の全てと思うのは間違いです。これはエンターテイメント。興味を持つきっかけになってくれれば幸いです。


(以下略)





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by koubou-ohayou | 2012-11-09 18:13 | 古事記